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医師や聖職者も銃の携帯OK、改正法施行

記事の概要

フィリピンで医師、聖職者、記者、会計士、看護師、エンジニア、銀行の窓口係、弁護士が勤務時に銃を携帯することを認める改正銃規制法が1月から施行された。同法は昨年5月に成立した。

フィリピンは世界でも特に記者の殺害が多く、1992年以来の犠牲者は74人に上り、その大半は政治担当記者である。

また、フィリピン国内で登録されている銃火器は120万丁で、無届の銃火器は推定数十万丁に上る。

元の記事を読む→ 【2014年01月16日:CNN.co.jp

フィリピン社会に蔓延する銃

フィリピンは銃社会

フィリピンは銃社会です。銀行の入り口とかにはショットガンを持ったセキュリティガードが必ず立っています。そこまでしなければならないくらい社会に銃が出回っているということです。

元記事にありますが今年の正月だけで銃で30人が負傷、幼児1人が死亡したんですが、なぜ正月に銃で事故が起こるかというと、フィリピンでは新年を大量の花火で祝うのですが、花火の代わりに銃を打って、その流れ弾で怪我をしたり命を落としたりするのです。

現金輸送車

ですので、フィリピンという社会は銃があることを前提にすべてが動いています。

例えば左の写真ですが、この車は軍用車両ではなく現金輸送車です。銀行などの前にこういう車が停まり、中からショットガンを持った人がゾロっと出てきて、周りを警戒しながら現金を積み込みます。

銃で襲撃される前提なのでこんな車両になるのです。日本では考えられませんよね。斜体の所々に丸い穴が開いていて、そこから外に向かって銃身を出して、襲撃犯たちに応戦できるようにもなっています。

アメリカを押し付けられたフィリピン

なぜこんな社会なのか。やっぱりアメリカの影響が根底にあると思います。

僕は去年、ベトナムとマレーシアを旅しました。タイは何度か行ったことがあり、今年はインドネシアとカンボジアに行くつもりです。東南アジアを旅してて思うのですが、やっぱりフィリピンだけが特殊なんです。東南アジアの中でフィリピンだけが完全に別の文化。

他の国ではあんなにハンバーガーやホットドックは出回ってないし、スーパーマーケットの店内もフィリピンはアメリカのスーパーのそのままコピー。米のご飯を食べながら飲むのはコーラだし、大学生がドレスアップして週末にパーティを開いたり。

19世紀の終わりにスペインに変わってアメリカの植民地となり、徹底的にアメリカ式を押し付けられた。でもそれはフィリピンをアメリカのように豊かにするためではなく、アメリカにとって都合の良いフィリピンにするためであったわけです。

アメリカ式の食生活にするのはフィリピン人の健康を考えてではなく、アメリカの食品メーカーの輸出市場とするため。英語を公用語にしたものアメリカ人が行政支配をしやすくするためであり、その結果として映画などアメリカのエンタテイメント商品をそのまま販売できる市場になった。そしてアメリカ式で導入された銃社会が今、フィリピン人の命を危険な目に遭わせている。

この国で暮らすようになって染み染み思い知らされました。植民地になるってどうゆうことなのかって。明治の先人たちはよくぞ日本を植民地化の危機から守ってくれた。腹の底からそう思います。